ミルトンエリクソンのハンデについて
1901年12月5日ネヴァダ州オーラムの銀鉱のキャンプで誕生したミルトン・エリクソン。(もうすぐミルトンエリクソンの誕生日なんですね(笑))そんなミルトンエリクソンについて紹介してきたのですが、ミルトンエリクソンと言えば前にも紹介したように、ハンデをたくさん抱えていたのです。
そのひとつが4歳の時に初めて言葉が出て話すことができたそうです。周りは心配していたそうですが、母親は『いつか時が来れば話すだろう』と言っていたそうです。イマドキのお母さんは心配性な人が多いと言いますが、考えられないほど寛大な人ですよね!
そしてハンデというのはそれだけじゃなく6歳のときのミルトンエリクソンはあきらかに失読症だったとか、前に紹介したことがあるように、失音楽症だとかいうハンデを抱えていたとか、色々な障害の話がありました。ですが、そんな数々の障害を乗り越えながら、精神医学も催眠も独学でいっていったんだそうです。
ですが、その数々のハンデもあってか、ミルトンエリクソンは大学で医学教育を受けたものの、当時の米国では適切な精神医学の教育は殆ど受けることができないだけではなく、更に催眠に関することも当時はきちんとしたカリキュラムがなかったからなんだとか。でも、そんなことがあったからこそ、ミルトンエリクソンは自分で独自の技法を次々に開発していくことになったようです。こんなにすごい人はなかなか現れないですよね・・・。