ミルトンエリクソンが関係あるNLP
ミルトンエリクソンの発想から生まれているというNLPについて紹介してきていますが、このNLPで学べる思考というのは、人生においてものすごく重要だと思います。
結局自分の幸せは自分の心が決めるわけですから、自分自身で不幸だと思っていれば不幸になりますし、幸せだと思っていれば幸せになっていくものです。
その為にはNLPの思考というのは、自分自身を幸せにする方法を学べることだと言えるのではないでしょうか。
全く違う2人が全く同じ状況を見ていても、考え方や思いが違って当然。
例えば結婚している人と、独身の人の意見は違っていて当然だと思いますが、もしこの2人の共通の友人の結婚式に参列した際に、この両者はどういう考え方をするでしょうか?
独身の人は「幸せそうだな~自分も早く結婚したいな!」と純粋に思うのではないでしょうか。
既婚者は「幸せそうで羨ましいな~自分たちの時はこうだったな~」とか
「もう1回結婚式したいな~」などと思う場合が多いと思います。
でも、今の結婚生活の現状に幸せを感じていない人の場合だと、意見も違ってきます。
結婚生活に憧れを持てない人の場合、「何で結婚なんてするんだろう~自由がなくなるのに。」と否定的な意見を持つ人もいるかもしれません。
既婚者なら「幸せなのは今の時期だけなのにね~」と卑屈な思いを抱きながら見ている人も中にはいるかもしれませんよね。
要はその人の今の状況も含めて、その人がどういう考え方をしていくかによって、全く同じ状況でも随分と変わって見えるということが分かります。状況が良くなるか悪くなるかは自分の考え方ひとつなんですよね。
今のこの暑い時期に、来客者によく冷えたお茶を出したとします。
暑くて暑くてのどが渇いて仕方がない人が、そのコップに入った冷たそうなお茶を見れば「おいしそう!飲みたい!」と思うでしょう。
でも、それほどのどが渇いていない人がそのお茶をみて「なんだお茶か・・・コーヒー(ジュース)の方がよかったな」などと思ってしまう場合もあります。
その時その時の状況や普段からの考え方が違えば、人からうける有り難く嬉しい行為に対しても、否定的な意見になってしまう場合があるというのが人間の恐ろしい部分だと思います。
自分がどういう考え方をしてくことで、今後はどうなっていくのか、どうすれば幸せに感じるのか、相手はどう考えているのか、そういうことも含めた心理学を学べるのがNLPだと思います。
ミルトンエリクソンのすごい所は観察力。人をじっくり観察することで、人の心理について気が付くことがキッカケになれているわけですからね。ミルトンエリクソンは、その観察力によって、瞬時に状況を把握し、それに対応することができるようになっていっているのだと思います。
ミルトンエリクソンの精神力
ミルトンエリクソンについて色々と紹介してきていますが、実際には私達にとってあまり聞きなれない名前ですよね。名前を聞いているだけでは、日本人の私達にとっては男なのか女なのかもわからない人は多いでしょうからね。
実際にこのミルトンエリクソンの名前を知っている人は、催眠だとか、心理カウンセリングだとかのジャンルについて学んでいる、もしくは学んだことがある人達だと思います。
ミルトンエリクソンが現在の心理学に影響する程の素晴らしい感性を持っていることや、催眠療法について人よりも注目していることなどは、おそらく数ある障害に悩まされている経験があるからなのかなと思います。
ミルトンエリクソンがもし普通に歩けて走れて、運動ができて、学校に行けて、友達と楽しく遊んでばかりいる普通の子供時代を過ごしていたら、こういった気付きはおそらくないのではないかと思いますからね。
ミルトンエリクソンの障害は並大抵の努力じゃ克服できるようなものではないはずです。でもその持前の精神力がある彼じゃないと、そこまでの逸材には慣れないと思いますけどね。
本人が当時はどう思ってどう考えている状態だったのかはわかりませんが、みている限り、情報を集めている限りでは、おそらく弱音を吐かない人なのではないかなと思います。
とにかくできることから考えて行動にうつして、そこから何らかの形で色々と発見していき努力する、この一連の流れができるのも、ミルトンエリクソンのような精神力が大事なんだと思います。
ミルトンエリクソンとNLP
ミルトンエリクソンと言えばNLPの産みの親でもあるわけですが、今回はミルトンエリクソンがキッカケとなっているNLPについて少し紹介していこうと思います。
NLPの実績と言えば、実に数知れないのですが、私が非常に印象に残っているのがベトナム戦争の帰還兵のことについて。
当時の時代背景として、「ベトナム戦争」というものがありましたよね。
そのベトナム戦争が一段落して、“戦争”という常に極限状態に身を置き続けていた帰還兵の「心理的ショック」というものが当時非常に社会問題にまで発展してしまっていて、NLPはこの帰還兵達にセラピーを行い、多くの帰還兵の心理的なショックを癒していっている言われています。
私達の世代は幸せなことに、戦争というものを経験していないので、どれほどの緊張感、恐怖、不安、悲しみ、苦しみ、痛みなのかはテレビや写真、再現されている物語などでしか感じ取ることはできません。
ですがそれらを見てすら感じることは「もう戦争は繰り返してはいけない」と言う気持ち。
ベトナム戦争だけに限らず、すべての戦争に携わってきた・生きてきている人の精神というのはきっと尋常じゃないほど辛いでしょうね。
そんな人達はNLPセラピーでは多くの人を救うことができているのです。
戦争によって起きた悲しみや記憶は一生消えることはないでしょうが、今生かされている命ある人の残りの人生、どうせなら楽しく明るく過ごしていけるといいですよね。苦しんだ分尚更その気持ちは強くなるでしょう。
元々は心理療法の世界で急速に広まっていっているこのNLP。
ミルトンエリクソンは非常に素晴らしいものを残してくれている人物だなと思います。
ミルトンエリクソンがいなければ、今の心理学や催眠療法などの発達はないのではないかと言われています。
現在ではミルトンエリクソンが生み出してくれているNLPの、驚異的な効果性を得る為に、世界各国の著名人などが積極的に学んでいて、まさに最先端の心理学だと思います。
トップビジネスシーンやスポーツの世界でも活用されているくらいすごいものなんですね。
ミルトンエリクソンってすごい人です。
ミルトンエリクソンとは
ミルトンエリクソンやNLPについていろいろと紹介してきていますが、ここで改めてミルトンエリクソンの経歴などについて色々と紹介していこうと思います。
まず、ミルトンエリクソンという人は、1901年の12月にネヴァダ州オーラムというところで生まれています。そのミルトンエリクソンが、後に生まれるNLPというものを作るに欠かせない存在となります。ミルトンエリクソンはNLPだけに限らず、世の心理学の発展にも大きく影響を齎す存在。
このミルトンエリクソンと言えば、前からも紹介してきている通り、心理学者、催眠療法家、そして精神科医などいくつもの顔を持っていることでも有名であり、NLPセミナーなどに足を運んでいる人なら知っていると思うのですが、ミルトンエリクソンは更に、アメリカ臨床催眠学会の創始者でもあり、その初代会長も勤めているほど。
“ミルトンモデル”と呼ばれるスキルがあるのですが、それはその名の通り、ミルトンエリクソンの巧みな言語パターンを分析し、体系化されたスキルとされています。
そういったスキルを生むほどの人物となると、一体どんなにすごい天才的な人物なんだと思うでしょうが、前から紹介してきている通り、実はミルトンエリクソンは重度の身体障害を患っている人物だったそう。ミルトンエリクソンのエピソードとしては、このこともかなり有名ですよね。
そんなミルトンエリクソンは「20世紀最大の心理療法家」としても認められているわけですが、そうなるキッカケも、この重度の身体障害に当然悩まされた日々が大きく影響しているのだとか。
本来なら楽しいまっ盛りであるはずの17歳の時に、目を除いた全身が麻痺してしまい、それがきっかけで後々、独自の優れた心理療法を生み出すことになるなんて、どういった感覚の持ち主なのか気になりますよね・・・。それは次の機会にでも紹介していきたいと思います。
ミルトンエリクソンから生まれたミルトンモデルとは
ミルトンエリクソンについて色々と紹介していますが、ミルトンエリクソンから生まれている「ミルトンモデル」という言葉があることはご存知でしょうか?
ミルトンエリクソンは、精神科医であり、催眠療法家であり、心理学者でもありました。肩書だけを見てもものすごい人だという印象がありますが、他にも“アメリカ臨床催眠学会”というところの創始者でもあり、その初代会長も勤めています。
ミルトンモデルとは、そんなミルトンエリクソンの巧みな言語パターンを分析・体系化したスキルだと言われています。
重い身体障害に生涯悩まされてきた彼ですが、特に17歳の時に目だけを除いた全身が麻痺してしまった事が、後の彼に最も影響を与えたとも言われているそうです。彼は独自のかつてなかったような優れている心理療法を生みだすこととなっているので、この出来事がなければ今の優れた心理学はないと言えます。
目以外の体は全身麻痺していても、家族などを目で観察することを覚えたのだそうです。コミュニケーションもまともにとることができないのに、赤ん坊が自力で歩くことを自然に学んでいく過程を観察の中から覚え、自分も同じようにすれば歩くことができるようになるのではないかと、自ら自分の為のリハビリテーションを考案するというものすごい人です。
ミルトンエリクソンの心理療法には、「催眠誘導」、「積極的介入」、そして「短期間」という3つの傑出した療法があります。こういう過去の辛い経験から、後のすごい治療法につながるなんて、本当に心理学の天才だと言えますよね。
ミルトンエリクソンについて知れば知るほど、すごい人だなと思うようになります。
ミルトンエリクソンの小児麻痺
ミルトンエリクソンと言えば、催眠の世界では知らない人はいないというほどすごい人です。でも、生涯のうちに沢山苦労したすごい人です。そのうちのエピソードの1つを紹介します。
1919年の8月、ミルトンエリクソンは小児麻痺に。なぜそうなってしまったかというと沢山の流れがあるので一気に紹介しきれませんが、ポリオにかかったのです。しかもその同じ年の6月に高校を卒業したばかりなのに、なんと小児麻痺になる前の8月に3人の医者が隣の部屋で母に「この少年は朝までもちません」と話しているのを聞いたのだそうです。
ですがその後結局回復し、小児麻痺にはなってしまいましたが、その後松葉杖を使い始めるようになり、それからそれが更にステッキ2本で大丈夫になっていったのだそうです。最終的には1本に。私はすごい努力家だなと思いました。
しかも生涯を持ちながらも、次の年の同じ時期までにはかなり回復していて、缶詰工場で座り仕事くらいできるようになっていて、そこで働きながら大学に進む為にお金を少し稼いだのだそうです。
でもポリオは、右脚と右腕にきて、そのポリオという病気の為、身体の感覚ほとんど全てがなくなってしまったのだそうです。
最初自分の脚や腕が一体どこにあるのかわからないという感覚に。今後はそういった感覚を克服することに力を入れなくてはいけなくなったのです。その後また少しずつ感覚が回復していき、手首や手や肩の場所がわかるようになる前に、まず肘の位置がわかるようになっていき、身体の部分との位置関係から肘の位置や感覚を理解していったのだそう。体のマヒしている部分の全てがそういった自分なりに頭で理解しながら感覚をつかむのに時間を費やしていたのだそう。
これがもし普通に感覚がある人だったら、頭で考えなくても勝手に動いてくれますよね。でも彼にはそういった体の関連さえわからないのだそう。それでも長い時間をかけて、1つ1つ順番に、じっくり身体の配置の感覚を作り上げていったのだそうです。
体が麻痺してまともに生活もできないのに、くじけることなく努力するというところ、普通の精神力じゃできなことですよね。普通の人ならきっと「麻痺してしまった、もう終わりだ・・・」となって途中であきらめてしまうでしょう。
ミルトンエリクソンはこういうすごい人です。
ミルトンエリクソンとセミナーについて
20世紀最大の心理療法家、そして現代催眠の父と言われているミルトンエリクソン。
この人は様々な障害を抱えつつも、数々の偉業を成し遂げてきましたよね。その代表として有名なのが心理や催眠といったものです。
ミルトンエリクソンの写真を見ていると、とてもそんな沢山の障害を抱えていたようには思えないほど、いたって普通の人に思えるのですが、幼少期の頃にはどれだけの苦痛を味わってきたんだろうという思いもありますが、彼は他の人以上に精神面が強かったのではないかと思ったりもするんですよね。
そんなミルトンエリクソンが生んだともいえる、心理学や催眠療法ですが、大元となったのは彼の経験や発想ですよね。後にNLPという神経言語プログラミングを生むこととなったわけですが、五感を通して情報を受け取る神経系からの情報に意味を与えて、思考や行動を整理、そして自分はもちろんのこと、相手とのコミュニケーションに使う言語パターンを意味するものです。
今NLPについて興味のある人が多くいるようで、セミナーなどが開かれているんだそうです。そんなセミナーについて調べてみて知ったところを紹介しますが、東京会場では2010年の2月9日(火)に行われるセミナーが受付中だそうです。時間は19:15~21:45で「NLP-JAPANラーニング・センター」で行われるそうですよ。
気になる方は問い合わせしてみるといいと思います。
大阪会場でもやっているようなので、こちらも同じ時間で2010年2月19日(金)と2010年3月12日(金)の分が受付中だそうですよ。
ミルトンエリクソンのすごさ
ミルトン・エリクソンは、様々な障害を抱えていたというのは有名ですが、17歳まで小児麻痺の為に歩けずにいたという話も有名なようですね。
ミルトンエリクソンは赤ちゃんが自分で歩きさす過程をみてるうちに、それと同じようにしてみればいつか歩けるのではないかと、自らリハビリテーションを考案して、実際歩けるようになったのだそうです。この時に彼は一般人にはないような、すごく深い洞察を得たということがわかります。こういった体験も全て今後のトランス(催眠)に役立っているようですね。
ミルトンエリクソンの心理療法というのは『催眠誘導』、『短期で効果的』、そして『積極的介入』という3つの傑出した点があるそうで、G・ベイトソンらと共に、精神医学史上有名な「ダブルバインド理論」を構築したのだそうです。
催眠ということ自体に抵抗している患者に対して、「あなたは今トランスにはいりたいですか、あるいは自分のペースで入りたいですか」と聞いたとか、「深いトランス、あるいは軽いトランスに入れます。」と暗示したりする選択を、患者にさせるということを行っていたんだという噂もあります。
ミルトンエリクソンは家族療法、ブリーフセラピーなどといった様々な心理療法にもたくさんの影響を与えていたり、ジェイ・ヘイリーなどの弟子によって、『戦略的心理療法』などの心理療法が発展していっているんだそうです。
ミルトンエリクソンの障害を知れば知るほど、ものすごい人だなというのが良くわかりますね。
ミルトンエリクソンのハンデについて
1901年12月5日ネヴァダ州オーラムの銀鉱のキャンプで誕生したミルトン・エリクソン。(もうすぐミルトンエリクソンの誕生日なんですね(笑))そんなミルトンエリクソンについて紹介してきたのですが、ミルトンエリクソンと言えば前にも紹介したように、ハンデをたくさん抱えていたのです。
そのひとつが4歳の時に初めて言葉が出て話すことができたそうです。周りは心配していたそうですが、母親は『いつか時が来れば話すだろう』と言っていたそうです。イマドキのお母さんは心配性な人が多いと言いますが、考えられないほど寛大な人ですよね!
そしてハンデというのはそれだけじゃなく6歳のときのミルトンエリクソンはあきらかに失読症だったとか、前に紹介したことがあるように、失音楽症だとかいうハンデを抱えていたとか、色々な障害の話がありました。ですが、そんな数々の障害を乗り越えながら、精神医学も催眠も独学でいっていったんだそうです。
ですが、その数々のハンデもあってか、ミルトンエリクソンは大学で医学教育を受けたものの、当時の米国では適切な精神医学の教育は殆ど受けることができないだけではなく、更に催眠に関することも当時はきちんとしたカリキュラムがなかったからなんだとか。でも、そんなことがあったからこそ、ミルトンエリクソンは自分で独自の技法を次々に開発していくことになったようです。こんなにすごい人はなかなか現れないですよね・・・。
ミルトンエリクソンを尊敬
ミルトンエリクソンについていろいろと紹介してきましたが、まだまだ色々なことを紹介していきたいと思います。まず、この前NLPについてチラッと紹介しましたが、心理学とはすごく奥が深いものなんですね!精神科医であるエリック・バーンによって提唱されたと言われている、1つの心理学理論である『交流分析』について調べていると、気になるものを発見したので紹介します。
それはミルトンエリクソンが生み出したNLPが関係している『コアトランスフォーメーション』について。少し知っている限りですが話したいと思います。
このコアトランスフォーメーションとは、常に変化の大きい今のこの時代を生きている私達の、『最も強い自己変革の要求』に応えるものなんだとか。それだけでは何のことかさっぱり分かりませんよね。自分自身も説明できるのか?と思うくらいにさっぱりです。(笑)←大丈夫なのか。
私達って自分を成長させようとする為にいろいろと頑張って奮闘し、そして自分自身の中や外の世界にみいだしてしまっている敵との闘いを常日頃から繰り返しては、傷ついて疲れ果てているように感じることがないですか?でも、自分が本当に求めているものって、今のままで手に入れることができるのか不安になったことはありませんか?自分は常にそんな風に感じています。自分が本当に求めているものは一体何なのか、とよく思っています。
ですがこのコアトランスフォーメーションの経験によって、自分自身が自分自身で癒され、精神的にも人間としての成長を感じることができるのだそうです。この言葉に自分はすごく魅かれましたね。そんなすごいことができるのかと。
これまでの人生の中で『もう限界だ』『もう無理だろ』と感じてきた色々なことが、実は解決への道だったってことに気付けるのだそうです。聞いているだけでスンバらしいですよね。ミルトンエリクソンはこういった人間の心理に基づいたものを他の天才たちと生み出したってことなんですね!すごい!